「お蔵入り」
1年以上かけて取材してきたネタが没になった。
詳しい内容は公開出来ないが、社会情勢上放送出来ないとテレビ局が判断したのである。
都内在住のRさん(37歳)はドキュメンタリー映像を専門に制作しているフリーのディレクターだ。
これまでに「ガイアの夜明け」や「カンブリア宮殿」(テレビ東京)、
「ザ・ノンフィクション」(フジテレビ)、「情熱大陸」(毎日放送)、
報道・情報番組内の特集コーナーなどの番組を制作してきた。
Rさん1人で最初から最後まで制作したものもあれば、
制作スタッフの1人として参加したものもある。
ドキュメンタリーという性質上、
ほとんどが長期間に渡り取材し、追いかけ続け、やっと放送に至るものばかりだ。
そんな中で冒頭の「お蔵入り」は1度や2度ではない。
あらかじめ筋書きが決まっているわけではない、
人物や事件を番組として成立させるには、走らせてみないとわからない事もある。
それが人物を取り上げるものだったら、人の気持ちが変わる事もあるし、
案外何も出てこなくて、番組として面白みに欠ける事もある。
ただ、取材対象者の魅力を引き出す事も制作側(ディレクター)の手腕に懸っている。
以前、無口で有名なある著名人に密着した事があった。
わざとらしく話しをさせてもそれは嘘になる。
少ない口数の中にポイントを見付け、
深堀りしてゆく事でその人のリアルの中にある魅力を伝える事が出来た。
某発展途上国の子供たちを取材した事もある。
貧困層の子供たちの日常を目の当たりにして、
Rさんは涙せずにはいられなかったという。
人の思いや苦しみを吸い込んで1本のテープに吐き出す仕事。
ディレクター自身の人間性や感受性が重要にならないわけがない。
ある時は、取材対象者の心に土足で踏み込まなければならない時もある。
相手の気持ちを誰よりも理解出来るはずなのに。
気候の厳しい取材地で数ヶ月過ごす事もあった。
肉体的に過酷を極めた。
ある事件の取材では対象者を待ち続け、寒空の下で数日間張りこんだ。
何百時間と収めた映像を1本のVTRに編集する事もかなりの時間を要する。
まさに精神と肉体をいじめ抜く仕事がドキュメンタリー制作なのだ。
しかもドキュメンタリーはお金にならない。
長い時間かけても、出来るVTRはその他の番組と同じ時間。
時給や月給で換算するわけでもないし、
1本いくらのフリーディレクターにとってはとても割りに合わない。
何本も同時に走らせているのが現状だ。
それでもRさんはドキュメンタリーを作る。
自分が作った1本のVTRがたくさんの人達の力になる事を知っているからだ。
世界のどこかで苦しんでいる誰かを救えるかも知れない。
こんな時代でも輝いている人や会社を取り上げる事で、
観ている人達に元気や勇気を与える事が出来るかも知れない。
少し大げさかも知れないがRさんは自分の仕事に誇りを持っているのだ。
Rさんは今日も世界のどこかで何かを追いかけ、走り続けている。
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